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02/05 2025

《新連載》いっ休さんのSHORT SHORT 「急行牛車に乗って」

《まもなくー1番線にー急行ー国際空港行きがー参りまーす》

「急げ急げ、あれに乗らないと間に合わないんだろ」
「そんなに慌てなくても大丈夫だって」

俺たちが飛び乗ると同時にドアが閉まり、モオォー!という声とともに急行牛車は走り出した。

「ふう、何とか間に合った」
「ね、だから大丈夫だって言ったでしょ」

彼女はいつだってマイペース。それでいて、遅刻は一度もしたことがない。

「確かにそうだけどさ、いつも見ててヒヤヒヤするんだよ」
「そんなに言うなら、わざわざ空港まで見送りに来てくれなくても良かったのに」
「そうはいかないだろ。これからしばらく会えなくなるんだから」
「……そうだね」
「……」

重い空気に耐えきれずに、つい、分かりきったことを聞いてしまう。

「……本当に、アメリカに行っちゃうのか」
「もう、今さらそんな話しないでよ。何度も言ったでしょ。アメリカじゃなきゃ、私のやりたい研究はできないんだって」
「牛を使わずに走る車だろ」
「そう。電気やガソリンで走るやつね。日本ではまだ研究に取り掛かったばかりだけど、アメリカではもう試作車ができるぐらいまで進んでるらしいから」
「試作車って言ったって、人1人乗せて、歩くより遅いぐらいのスピードしか出ないんだろ」
「それをこれから改良していくんだってば」
「第一、操縦はどうするのさ」
「人間が操縦するんだよ」
「人間がぁ? そんなの無理だろ。牛でさえたまに事故るのに。車の操縦なんて難しいこと、人間にできるわけない」
「できるようになるよ。きっと」

まっすぐな目で語る彼女。
一緒にいられる時間はあと少しなのに、こんな話題でつい熱くなってしまう。もっと色々話したいことはあるはずなのに。

「やっぱり分かんないんだよなぁ。そこまでして、今さら牛車の代わりになるものを作る必要があるのか? 牛車があれば十分じゃないか」
「これだけ経済も社会も発展してるのに、いつまでも移動手段を牛だけに頼っていたら、近いうちに限界が来るよ」
「そうかなぁ。牛車で十分便利だと思うけどな。今や1家に1台は自家用牛車があって、どこにでも気軽に出かけられる。今乗ってる急行牛車だって、牛1頭の力で15両の客車を引っ張って、時速300キロで走ってる。大きい牛、小さい牛、力強い牛、低燃費な牛。色々な牛がそれぞれの場所で活躍してる。平安時代からの品種改良の積み重ねで、今の便利な牛車社会があるんじゃないか」
「牛糞問題も深刻でしょ。道路も線路も、そこらじゅう牛糞だらけ」
「最近は糞の少ないエコ牛車も普及してきただろ」
「根本的な解決にはなってないよ。それに」
「それに?」
「牛が可哀想」
「可哀想って、牛にそんな感情あるのかなぁ」
「あるよ。私には分かる」

モオォー!と声を張り上げて、急行牛車は昼下がりの線路を猛スピードで駆け抜けていく。

「元気でね」
「うん。そっちも」
「またいつでも連絡するから」
「うん」

空港の保安検査場の前で別れを告げる。
やがて、モオォー!という声とともに、彼女を乗せたジャンボジェットひこウシが、夕焼けの空に消えていった。

文:春風亭いっ休
イラストレーション:得地直美