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04/02 2025
《連載》いっ休さんのSHORT SHORT 「親知らず」

自信を持ってください。先生は名医です。
この間だって、一生寝たきりだと言われた子供が、立って走り回れるようになったじゃないですか。その前は、何人もの先生が匙を投げた末期の癌患者を、見事に完治させたじゃないですか。先生の手にかかれば、癌も心臓病も胃腸炎も、骨折も火傷も肉離れも、高血圧も糖尿病も痛風も、リウマチもヘルニアも花粉症も、みんな治ってしまう。こんな名医は世界中で先生しかいませんよ。助手である私が保証します。
まあ、お気持ちはお察しします。先生にも分からないんですよね。なんで患者が治るのか。
だって先生、歯科医ですもんね。
訳が分からないですよね。なんで歯科医の先生が、歯以外の病気やケガを治せてしまうのか。不思議ですよね。
だって先生、親知らず抜いてるだけですもんね。
意味不明ですよね。なんで先生が親知らずを抜くと、ありとあらゆる病気やケガがたちまち治ってしまうのか。
最初は確か、あそこの歯医者さんで親知らず抜いてもらったら、肩こりがすっかり良くなったとか、不眠症が治ったとか言われることが増えてきたんですよね。その時は、噛み合わせとかがそういうのに影響するのかな、と思いました。少し経つと、骨折が治ったとか、目が見えるようになったとか、明らかに歯に関係ない事例が増えてきましたよね。私たちが不思議がっている間に評判はどんどん広まって、それを聞いた人たちが押し寄せるようになりましたね。
最近は私ももう特に疑問を持たなくなりましたけど、改めて考えると意味不明ですよね。病気やケガで死にそうになってる人が、親知らず抜きに来るんですから。そんな場合じゃないですよね、普通に考えたら。
今日の患者さん。事故に遭ったF1ドライバーでしたっけ。頭と胴と腕と脚が完全にバラバラになってましたね。生首の口を開けて親知らずを抜こうとしてる先生、だいぶシュールな光景でした。で、抜いたら、首の断面から胴と手足がニョキニョキ生えてきて。めっちゃ不気味でしたね。
自信を持ってください。先生は名医です。なんで治るのかはさっぱり分かりませんけど、とにかく治るんですから、間違いなく名医です。悩んだって仕方ないですよ。何をさっきからずっと頬杖ついて、神妙な顔してるんですか。
先生は人類の希望なんです。先生がいる限り、そして親知らずが残っている限り、どんな重い病気やケガでも治ってしまうんですから。一度も抜歯したことがない人だったら、4回も完全回復できるってことですから。考え事してる暇があったら、1人でも多くの患者さんの親知らずを抜きましょう。皆が先生を必要としていますよ。
ひょっとして、それが重荷なんですか。だとしたら、ごめんなさい。余計にプレッシャー掛けちゃいましたよね。患者が殺到して、休む間もない忙しい日々。本当に、お疲れ様です。あちこちの研究機関に調査もされて、気が休まりませんよね。
そんな悩みじゃない? じゃあ何ですか。
自分の親知らずを抜かなきゃいけない? まさか先生、何か大きな病気に罹ってるんですか。しかも普通の方法では治療困難な病気に。それで悩んでるんですか。でも先生、自分で自分の親知らずを抜くことなんてできるんですか。親知らずを抜いて病気を治す能力は、先生にしか無いんですよ。
別に自分で抜く必要はない? 普通に親知らずが虫歯になっただけ? あ、そうですか。さっきから頬杖ついてるのって、痛くて押さえてるだけだったんですね。だったら何をそんなに思い詰めた表情してるんですか。
痛いの怖い? あ、そうですか。
春風亭いっ休 profile
春風亭一之輔の三番弟子。ひと月のうち体調が万全な日が3日ぐらいしか無いけれど、虫歯だけは1本も無い31歳男性です。