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04/16 2025
《連載》いっ休さんのSHORT SHORT 「お札」

事故物件だとは知っていたが、壁の向こう側にびっしりとお札が貼られていたのを見た時はさすがに驚いた。この家に住み始めて半月ほど。家具を動かしている時、うっかり壁にぶつけて穴を開けてしまった。すると、その奥に空間がある。中を照らしてのぞいてみると、奥にもまた壁があって、そこにおびただしい数のお札が貼ってあったのだ。お札はだいぶ古いものらしく、肖像は聖徳太子だった。
まぎらわしい書き方をしてしまった。「おふだ」ではなく「おさつ」だ。1万円札がびっしり貼られていたのだ。
集落から少し離れたところにポツンと建つこの一軒家。前の住人は独り身の男だった。近隣住民との交流はほとんどなく、仕事もしていないようだったが、生活に困っている様子は無かった。半年前に孤独死しているのを役所の職員に発見されたという。
この家は遠くに住む親戚の手に渡ったのち、二束三文の安値で売りに出されていたのを私が買い取った。カネの匂いがしたからだ。あの男は出処の怪しいカネを溜め込んでいたのではないか。それはまだあの家のどこかにあるのではないかと、私の直感が言っていた。
家の中は、前の住人が亡くなった浴室だけは清掃されていたが、それ以外は住んでいた当時のまま、ホコリをかぶった状態で放置されていた。こちらとしては好都合だ。引き出しや天井裏など、あちこち家探ししてみたが、金目のものは出てこない。空振りだったかと諦めかけていたところで、偶然、壁の向こうの空間を見つけたというわけだ。
金づちを持ってきて手前の壁を叩き壊していくと、その向こうに隠れていた壁がどんどんあらわになっていく。無数の「おさつ」が、まるで何かを封印する「おふだ」のようにびっしりと、幾重にも重ねて貼られていた。今思えば、カネを隠すにしては奇妙すぎる隠し方だったが、その時の私はそんなことを考えられる状態ではなかった。私は狂喜しながら、しかし破らないよう慎重に、聖徳太子の描かれた古い紙幣をペリペリと剥がしていく。全て剥がし終わる頃には深夜になっていた。ざっと数えてみると7千か8千枚ぐらいはある。
こんな大金、いったい何に使おうか。夢が膨らむ。しかし、これだけの数の旧紙幣、それも聖徳太子だ。使ったら怪しまれないわけがない。どうしたものか。色々思案しているうちに、数日経ってしまった。
ある朝、目が覚めると、目の前に何かがいた。それが何なのか分からない。輪郭がはっきりしない、黒い影のようなもの。部屋を覆い尽くすほど大きいようにも見えるし、砂粒のように小さくも見える。全身に無数の目があり、こちらを見つめている。私は悲鳴を上げることもできず、ただその場に硬直した。
【オハライガキエタ!!】
おぞましい声で、化け物は叫んだ。
【オハライガナクナッタ!!】
おはらい……そうか。昨日剥がした「おさつ」は、やっぱり「おふだ」でもあったのだ。きっと昔、誰かがこの化け物を封印するためにお祓いをしたのだ。その時に、どういう理由か分からないが、「おさつ」を「おふだ」代わりにしてお祓いしたんだ。それを剥がしたせいで、お祓いの効果が消えてしまったんだ。恐怖に支配された頭の片隅でそんなことを考え、深く深く後悔した。
【ハヤクオハライクダサイ!!】
え、なんで? お祓いの効果が消えて喜んでるんじゃなかったの?
【イチマンエン、オハライクダサイ!!】
あ、「お祓い」じゃなくて「お払い」?
【コンゲツノヤチン、シハライビヲフツカモスギテマスヨ!! カンリヒキョウエキヒコミデイチマンエン、ミミヲソロエテオハライクダサイ!!】
……ひょっとしてこいつ、この家の大家さん?
たんすの奥に隠してあった聖徳太子の紙幣を取り出しておそるおそる差し出すと、紙幣はすーっと消えてしまった。
【コレカラハ、オハライビ、マモッテクダサイネ!! アト、ジドウオハライ、カッテニカイジョシナイデクダサイヨ!!】
あの壁一面の紙幣って、自動引き落とし装置だったの?
春風亭いっ休 profile
春風亭一之輔の三番弟子。住民税の支払いを銀行口座からの自動引き落としにしようかと思ったけれど、もうすぐ引っ越すつもりだから、引っ越してから自動引き落としを設定しようと思いつつ、引っ越さないまま2年以上、3ヶ月に一度届く督促状に従って住民税を払い続けている豊島区民の31歳男性です。
絵:得地直美