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05/21 2025

《連載》いっ休さんのSHORT SHORT 「怪盗」

『怪盗』

怪盗カイト。お前と俺は、怪盗と刑事として、幾度となく勝負してきた。俺はお前を何度も追い詰めたが、すんでのところでいつも取り逃がしてきた。次こそは。次こそはお前を必ず逮捕してやる。お前を逮捕するのはこの俺だ。その時が来るまで、他の刑事や探偵なんかに捕まるんじゃねえぞ……そう思っていた。そのお前が、こうもあっさり捕まっちまうとはな。

万引きの罪で。

何してんの? 世紀の大怪盗が、スーパーで万引きって。しかも、ただのパートのおばちゃんなんかに捕まりやがって。

なんで万引きなんかしたのさ? 「スリルを味わいたかった」? お前、今まで美術館や豪邸から何億円もする宝石や美術品を盗んできたよね? 俺たち警察も、お前のこと結構追い詰めてきたと思ってたんだけど、そんなにスリル感じてなかった? 「正直、わりと余裕だったし、スリルという面ではかなり物足りなかった」? そうなんだ。へこむわー。

それにしたって、万引きの方がよっぽど余裕だっただろ。お前ほどの怪盗なら、誰にも見られずに品物をかばんに入れるぐらい造作もなかっただろう。なぜバレた?

「予告状を送った」? え、万引きの予告状を送ったの? いつもの癖で? 犯行前に予告状送るのが癖になってるの? 何て送ったのさ。「明日の夕刻、貴店で販売されている特盛からあげ弁当を頂きに参上する 怪盗カイト」……変な予告状。受け取った店員も困惑しただろうよ。

で、店に行ったらおばちゃんが惣菜コーナーで目を光らせていて、店を出ようとしたところで声を掛けられたと。……あの、トリックとか何も使わなかったの? いつもみたいに。急に電気が消えて皆が混乱してる隙にーとか、店員に変装してーとか、そういうのも無く。普通にいつもの格好……いつもの格好で!? その白いタキシードに白いシルクハットの姿で!? そら目立つでしょうよ。

「いつもがあまりにも余裕すぎて、万引き程度なら何も用意しなくても行けるだろうと思っちゃった」? あっそう。俺たち警察が不甲斐なさすぎるせいでめちゃくちゃ油断したと。あーそう。

何してんだよ、本当。こんなあっさり捕まっちゃってさ。俺はお前を逮捕することに人生を懸けてたんだよ。生涯のライバルであるお前が……いや、ライバルと思ってたのは俺だけだったんだよな。はぁーぁ。もういいよ。刑務所でもどこでも行っちゃえよ。バーカバーカ。

え? 何これ、手紙? お前から俺に? どこに隠し持ってたんだよ。……「予告状 今夜、この警察署内の留置場から見事脱走してご覧に入れましょう 怪盗カイト」……コノヤロ〜〜!

春風亭いっ休 profile
春風亭一之輔の三番弟子。盗みを働く前に予告状を送るのって、落語やる前に「今から爆笑をとります」と宣言するようなものだと考えると、失敗した時かなり恥ずかしいよなと思う31歳男性です。

絵:得地直美