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09/14 2025

《連載》写真集への道。『KIJIMA TAKASHI NEW YORK 1960 (仮)』

私の師でもある写真家・杵島隆の幻の作品が、紆余曲折を経て私の手元に届きました。

それは、1960年のニューヨークの街を切り取ったスナップ写真です。
前年の1959年、アメリカの雑誌『LIFE』(タイム・ライフ社)に掲載された八幡製鐵の企業広告(構成:浜田浜雄/コピー:秀銀バック・クレイシー/写真:杵島隆)が「1959年度最優秀企業広告賞」を受賞しました。授賞式に出席するため、杵島は1960年4月10日から約2か月間、ニューヨークを中心にロサンゼルスやハワイを巡ります。その際、最も長く滞在したニューヨークで撮影されたスナップショットのプリントが60数枚。ネガはすでに失われ、残されているのは一枚一枚のプリントだけです。

すべてモノクロで、半分はヨコ1:タテ2という鋭いトリミング。もう半分は横位置の写真を縦の長さに合わせてトリミングしたものです。そこからは、まるで時間を惜しむように街へ繰り出し、夢中でシャッターを切る杵島の姿が浮かび上がってきます。

1960年のアメリカは、公民権運動のただ中にあり、ベトナム戦争が泥沼化する直前。大統領選挙ではニクソンとケネディが激しく争い、アメリカ文化がもっとも輝きを放っていた時代でした。しかし、杵島のレンズが捉えたのは、壊れかけたビルや黒人の少年、街の片隅で生きる人々の姿です。そこには、アメリカで生まれながら「排日移民法」によって帰国を余儀なくされ、戦時中は特攻隊に配属されながらも終戦を迎えた――そのようなマイノリティとしての視線が滲んでいるのかもしれません。

この作品は帰国後、「New York Heartbeat」と題して富士フォトサロンで発表されましたが、その後は代表作「蘭」や「ヌード」に埋もれ、長らく日の目を見ることはありませんでした。

初めて作品を拝見したとき、思わず体を乗り出してしまいました。圧倒的な写真の力、杵島隆の眼差し。そして1960年のアメリカ。その揺れ動く空気と転換期を迎えた現代との共鳴を強く感じたのです。

このたび杵島隆の奥様から写真をお預かりし、写真集として出版する決意をいたしました。森岡書店の森岡さんをディレクターに迎え、来年の出版を目指して動き始めています。形になるまでの道のりはまだ続きますが、どうぞ楽しみにお待ちください。