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07/16 2025
《連載》いっ休さんのSHORT SHORT 「新歓」

『新歓』
「えーと今日はね、北里さんと津田さんと渋沢さん、新人3人の歓迎会ってことで、皆さん大いに楽しんでいってください」
「なんで伊藤が仕切ってんだよ。千円のくせに」
「いいだろ、仮にも初代総理大臣だぞ」
「何言ってんだ、聖徳太子さんなんか摂政だぞ」
「店員さーん、ポテトフライ1つ」
「総理と摂政どっちが偉いの?」
「知らないけど、俺は国連事務次長だぞ」
「私は学長」
「俺は枝豆」
「俺は右大臣」
「私はたこわさ」
「俺は頭取」
「肩書きと注文をごちゃ混ぜに言うなよ」
「あーもう、誰でもいいから早く乾杯しようよ」
「はい、じゃカンパーイ!」
「「カンパーイ!」」
「いやー新渡戸さん、しばらく見ない間にちょっと太りました?
「あのー私、新渡戸さんじゃなくて北里柴三郎です」
「見た目まぎらわしいな」
「ねぇ、ポテトまだかな?」
「ねぇねぇ梅子ちゃん、お札になってみてどう? 大変じゃない?」
「いえ、別にそんな……」
「おい男どもぉ! 津田ちゃんにちょっかいかけるんじゃないよぉ!」
「樋口は出てくんな!」
「お黙り! 津田ちゃん大丈夫? お札の中で女性はあたしたちだけなんだから、何かあったらあたしに言うんだよ」
「オー、ミス樋口、助かりました。センキューベリーマッチ」
「……なんて?」
「オー、ソーリーソーリー。ミーはキッズのころアメリカへ留学したせいで、ついトークの端々にイングリッシュが出てしまうのデース」
「英語っていうかルー語じゃない?」
「ポテトまだ?」
「だーから摂政より総理の方が偉いって! しかも初代だぞ!」
「俺だって初代の摂政だ!」
「西洋の文化を取り入れて国会を作ったんだぞ!」
「遣隋使を送って法隆寺作ったよ!」
「憲法だって俺が作ったんだ!」
「俺だって十七条の憲法を作った!」
「何を!」
「やるか!」
「まぁまぁ伊藤くん落ち着いて。太子さんも我々より千年以上先輩なんですから、もっと余裕を持って」
「うるせぇ岩倉具視! 五百円札のくせに生意気だぞ!」
「そうだそうだ!」
「ひどい!」
「ポテトまだ?」
「うるさいなぁ! こっちは小説の〆切を過ぎてるのにアイデアが浮かばないんだ! 静かにしてくれ!」
「こんなところに原稿用紙持ってこないでよ夏目さん」
「ポテト」
「あーもう! みんなバラバラにしゃべるな! 話がまとまらないだろ!」
「大丈夫、聖徳太子がいるよ。10人の話を同時に聴いて理解できるんだから。ね、太子?」
「……無理……なんか俺以外に11人いる……10人を超えると気持ち悪……オエエエ」
「うわっ、太子が吐いた!」
「おい、北里、お前医者だろ? 介抱してやれよ」
「俺は新渡戸だよ!」
「まぎらわしいな」
「野口もそうだ、医者だろ?」
「えー? 酔っ払いは専門外だから……」
「役に立たねぇな!」
「それより、おかしくないか? 今日集まったのって11人だったはずだろ? ”俺以外に11人”ってことは、12人いる……?」
「そんなはず……だって、ここにいるのは、聖徳太子、岩倉具視、伊藤博文、夏目漱石、新渡戸稲造、福沢諭吉、野口英世、樋口一葉、北里柴三郎、津田梅子、渋沢栄一……この11人だろ? 他に誰かいる?」
「まさか武内宿禰センパイとか呼んでないでしょ?」
「あんな爺さん呼んでないよ」
「じゃあ誰……?」
「ポテトフライお待たせしましたー」
「あ! やっと来た! こっち置いてくださーい」
「え!? ……誰?」
「誰って……紫式部ですけど」
「……紫式部?」
「紫式部ってお札になってたっけ?」
「あー……そういえば、二千円札の裏にいたような……」
「それより、さっきからポテトポテト言ってたのお前かよ!」
「うん、やっぱり、”春はあげもの”ね」
「それは清少納言だろ」
プロフィール
春風亭いっ休 落語家
新紙幣が発行されて1年が経つのに、いまだに「渋沢栄一」の名前がパッと出てこない31歳男性です。
絵:得地直美