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09/07 2025
《連載14》いっ休さんのSHORT SHORT 「米」

『米』
コメの値段が1キロ1億円を突破した。
もともと10年ほど前から、農家の減少やら生産コストの上昇やら一部の買い占めやらでコメの値段は上がっていた。そこへ追い打ちをかけるように、数年連続で全国的な未曾有の異常気象に見舞われたせいで各地の田んぼが甚大な被害を受け、コメの生産量が激減してしまった。
初めのうちは政府が非常用に備蓄していたコメを市場に放出していたが、値段は一向に下がらず、とうとう備蓄倉庫は空になってしまった。
外国産のコメも、どんどん需要が高まって、どんどん値上がりしていった。おまけに外国のコメ産地も異常気象に見舞われて、国産米同様にとんでもない値段に跳ね上がった。
わずかに残ったコメ農家では、コメ泥棒から田んぼを守るために二重三重に罠が仕掛けられた。収穫された新米は武装した警備隊に守られながら運ばれて、米屋にある巨大金庫で厳重に保管されるようになった。新米はもはや貴金属や宝石のような高嶺の花になってしまった。
日本人はコメを求めた。新米を買えない庶民は、古米、古古米、古古古米、古古古古米とさかのぼって食べていったが、それも底をついてしまった。その頃には、コメは違法薬物のように裏ルートでしか手に入らなくなっていた。
コメを求めてさまよう日本人はやがて、古古古古古…………古古米にまで手を出した。すなわち、弥生時代などの集落の遺跡から出土したコメである。それはもはやコメではない、コメの化石であった。コメに飢えた日本人は、化石すら食べた。
さらに日本人は、新新新新新…………新新米にも手を出した。すなわち、未来産のコメである。コメに飢えた日本人は、タイムマシンまで発明してしまった。このタイムマシンは現在から過去へ行くことはできなかったが、現在から未来へ行って戻ることはできた。そこで、コメ不足の解消された未来へ飛んでコメを仕入れ、現在に持って帰ったのだ。
この新新新新新…………新新米の登場によって、ようやくコメ不足は解決。みんな心置きなくご飯が食べられるようになった。タイムマシンを発明した博士は、人々から”メシ”アと呼ばれたとさ。
プロフィール
春風亭いっ休 落語家
散らかった自宅を片付けたら、だいぶ前にお裾分けでもらった5キロの米袋が2つ出てきたので、最近はその古古…古米を食べて生きている31歳男性です。
絵:得地直美